Fragment:004 
雨期にのみ現れる湖

「この湖は何度も何度も生まれ変わる」
乾季には畑、雨期には湖、そして水田へ。
この土地の風景は、ただ四季に色を変えるのではなく、まるで三度生まれ変わるかのように姿を変える。
雨期のはじまり、突然現れる湖はどこか幻のようだ。
水が満ちれば、舟が水面を渡り、漁師は魚網を投げる。ところどころ蓮の葉が広がり、陽射しを受けて銀色に輝く。水面を吹き抜ける風は湿りを帯び、遠くから子どもの笑い声が届く。遊び場も通学路も、今は水に沈み、その上を舟が行き交う。湖が生まれると、人々の生活のリズムまでが水に引き寄せられて
ゆく。
しかし季節は容赦なく進む。
数か月後、湖は静かにその輪郭を失い、やがて、乾いた大地が顔を出す。
かつて舟が浮かんでいた場所で、農夫たちが稲を植えてゆく。腰をかがめ、泥に手を沈める作業は一見同じ景色の繰り返しのようで、実はその年の雨量や土の具合で微妙に違っている。
さらに季節が進み、稲が刈り取られた後には、乾ききった地面が広がる。そこに放たれるのは牛の群れだ。ゆったりと草を食み、泥と埃を巻き上げながら歩く牛たちは、この土地にまた別の景観を与える。農地、漁場、放牧地。ひとつの場所が季節ごとに役割を変え、まるで舞台の幕が上がるたびに演目を替えているようだ。
次に訪れたとき、そこがかつて湖だったのか、あるいは田んぼだったのか、放牧地だったのか一瞬わからなくなる。
風景がまったく別の貌をしているからだ。だが、ここに暮らす人々にとってはごく自然な営みであり、むしろこの変化こそが日常である。
雨期に現れる湖は、単なる一時的な水溜まりでは決してない。
地域の人々に魚を与え、稲を育て、牛を養う。自然の循環に寄り添いながら暮らす人々の姿は、外から来た者にとっては驚きの光景であり、同時に「季節と共に生きる」という当たり前を思い出させるものだ。
この湖は消えては現れる幻ではなく、時と共に形を変えながら確かにここに息づき続けている。
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